フィジカルAI普及の鍵は「共通基盤」――富士通など4社の構想と実用化の課題

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この記事の要点

  • 富士通など4社は、複数のロボットや業務システムを連携させる、フィジカルAI向けの協調制御基盤を検討しています。
  • 自律実験などの先行事例を見ると、実用化の課題はAI性能だけではなく、複数装置の接続、例外処理、安全性、品質判断にもあります。
  • 共通基盤は導入負担を軽くする可能性がありますが、現場固有の設計や人の判断まで不要にするものではありません。

この記事の概要

富士通、ファナック、安川電機、川崎重工業は、複数のロボットや業務システムを連携させる、フィジカルAI向けの協調制御基盤について事業検討を始めました。※1

フィジカルAIとは、カメラやセンサーで周囲の状況を把握し、その結果に応じてロボットや機械を動かすAIです。ただし、一つのAIや一台のロボットだけで、製造や実験の一連の工程を自動化できるわけではありません。
実際の現場では、ロボット、センサー、測定機器、搬送装置、業務システムなどをつなぎ、複数の工程を一つの流れとして動かす必要があります。自律実験の先行事例からも、AIの性能だけでなく、装置間の接続、例外への対応、別の現場へ展開する際の再調整が、実用化の壁になることが分かります。

共通基盤に期待されるのは、こうした接続や制御を毎回一から作る負担を減らすことです。一方で、安全設計、品質判断、作業手順、人が介入する条件など、現場ごとに決めるべき要素は残ります。

今後、フィジカルAIの普及を評価するうえでは、AIやロボット単体の性能だけでなく、異なる機器をどこまで接続できるか、個別開発や調整をどこまで減らせるか、導入後も継続して運用できるかを見ることが重要です。

目次

  1. 富士通など4社は何を始めようとしているのか
  2. そもそもフィジカルAIとは何か
  3. なぜ共通基盤が必要なのか
  4. 自律実験の先行事例から見える実用化の壁
  5. 共通基盤で変わること、変わらないこと
  6. 今後の注目点
  7. まとめ

1.富士通など4社は何を始めようとしているのか

2026年7月、富士通はファナック、安川電機、川崎重工業と、フィジカルAIの社会実装に向けた事業検討を始めると発表しました。NVIDIAのAI、シミュレーション、ロボット関連技術も取り入れながら、製造、物流、ヘルスケアなどで利用できる「協調制御基盤」の構築を目指しています。※1

ここでいう協調制御基盤とは、複数のロボットや業務システムを、ばらばらではなく一つの流れとして動かすための共通の土台です。

現在の工場や倉庫では、ロボット、搬送装置、検査機器、生産管理システムなどが、異なるメーカーや仕様で導入されています。新しい自動化システムを構築する際には、それらを個別につなぎ、動作条件を調整しなければなりません。

富士通らが目指しているのは、こうした接続や制御の負担を減らし、AIの判断、ロボットの動作、現場の業務システムを連携させやすくすることです。

重要なのは、今回の発表が特定のロボット製品を共同開発する話ではない点です。各社が持つロボット制御技術やデジタル技術を組み合わせ、さまざまな現場へ展開しやすい基盤を作ろうとしています。

ただし、現時点では完成したサービスや標準仕様が示されたわけではありません。どの機器をどこまで共通的に接続できるのか、導入期間や開発費をどの程度減らせるのかは、今後の実装を見なければ分かりません。

2.そもそもフィジカルAIとは何か

フィジカルAIとは、カメラやセンサーで周囲の状況を把握し、次に取る行動を判断して、ロボットや機械を実際に動かすAIです。
文章や画像を作る生成AIが、主にパソコンやクラウドの中で処理を完結させるのに対し、フィジカルAIは現実世界に直接働きかけます。
代表例には、工場のロボットアームや搬送機器、倉庫内を走る自律搬送ロボット、配送ロボット、自動運転車、農業機械、建設現場の重機、自動実験設備などがあります。
人型ロボットが注目されることも多いものの、フィジカルAIは人型ロボットだけを指す言葉ではありません。共通するのは、AIが現場の状況を読み取り、その結果に応じて機械や設備の動きを変える点です。

従来の産業用ロボットは、あらかじめ決められた位置や順序に従い、同じ動作を正確に繰り返すことを得意としてきました。一方、フィジカルAIが目指すのは、対象物の位置や周囲の状況が変わっても、その場に応じて動作を変えることです。たとえば倉庫内で荷物の位置がずれた場合、従来型の設備では停止したり、人が位置を直したりする必要があります。フィジカルAIでは、カメラで荷物の位置を確認し、つかむ場所や機械の動かし方を調整することが想定されます。

ただし、画面の中で回答するAIと、現実の機械を動かすAIでは、間違えたときの影響が異なります。ロボットや重機の判断ミスは、製品の破損、設備の停止、品質不良、場合によっては人身事故につながります。

そのため、フィジカルAIにはAIモデルの性能だけでなく、ロボット本体、センサー、制御ソフト、安全装置、現場の作業手順を組み合わせた設計が必要です。AIがどこまで判断し、どの場面で人が確認・介入するかも、用途やリスクに応じて定めなければなりません。

フィジカルAIは、単に「ロボットに生成AIを載せたもの」ではありません。AI、機械、現場の作業や判断を一つの仕組みとしてつなぎ、現実の作業を安全かつ安定して実行させる技術と捉える方が適切です。

3.なぜ共通基盤が必要なのか

一つのAIや一台のロボットだけでも特定の作業はできます。しかし、製造や自律実験のように複数の工程を連携させるには、周辺設備や業務システムとの接続が欠かせません。
たとえば自動実験設備では、AIが次の実験条件を考えるだけでは不十分です。原料を量る、混ぜる、加熱する、測定装置まで運ぶ、結果を読み取る、失敗した場合は条件を変えてやり直す、といった工程を一つの流れとしてつなげる必要があります。

問題は、これらの装置やシステムが、必ずしも同じメーカーや仕様で作られていないことです。操作方法、データ形式、通信方式が異なれば、それらをつなぐソフトウェアや制御方法を個別に用意しなければなりません。
さらに、現実の作業は予定どおりに進むとは限りません。対象物の位置ずれ、原料不足、装置の停止、測定値の異常、把持の失敗などが起きた場合に、どこで止め、どこからやり直し、どの段階で人に確認を求めるかまで設計する必要があります。

新しいロボットや設備を導入するたびに、こうした接続や制御を一から作っていては、導入期間と費用が大きくなります。一つの現場で作った仕組みを、別の拠点や用途へ展開することも難しくなります。そこで必要になるのが、異なるロボット、設備、業務システムを連携させるための共通基盤です。

富士通など4社が検討する協調制御基盤も、各社のロボット制御技術と業務アプリケーションをつなぎ、複数のロボットを現場全体で連携させることを目指しています。※1

ただし、共通基盤ができれば、すべての現場を同じ仕組みにできるわけではありません。対象物の形や材質、設備の配置、安全基準、品質の判定方法などは、現場ごとに異なります。
共通基盤に期待されるのは、現場固有の設計をなくすことではありません。これまで案件ごとに作っていた接続や制御のうち、共通化できる部分を増やし、導入や横展開の負担を軽くすることです。

4.自律実験の先行事例から見える実用化の壁

フィジカルAIの実用化を考えるうえで参考になるのが、材料開発や化学実験を自動化する「自律実験」です。
自律実験では、AIが実験条件を選び、ロボットが実験を行います。その結果を分析し、次の実験条件へ反映する流れを繰り返します。人が候補を一つずつ試すよりも、効率よく有望な材料や条件を探索することが期待されています。

Liverpool大学の研究チームが開発した移動型ロボットは、人が使用する実験装置の間を移動しながら、8日間で688回の実験を行いました。米国のA-Labも、材料候補を絞り込む計算、論文から得た合成方法、実験を行うロボット、測定結果を解釈する機械学習などを組み合わせ、無機材料の合成を自動化しています。※2 ※3 ※4
これらの事例は、自律実験が構想にとどまらず、実際の装置を動かして多数の実験を進められる段階に達していることを示しています。

ただし、自律実験は、AIが次の条件を提案するだけでは成立しません。試料の準備、装置への搬送、実験操作、測定、結果の解析、次の条件の選択までを、一つの循環としてつなぐ必要があります。途中で試料をうまくつかめない、装置が停止する、測定結果に異常が出るといった問題が起きた場合には、作業を続けるのか、どの工程まで戻すのか、人に確認を求めるのかも決めておかなければなりません。
また、「自律的」といっても、ロボットがあらゆる実験を自由に行えるわけではありません。扱う材料、使用する装置、実験手順、評価指標などは、あらかじめ一定の範囲に設定されています。対象とする作業が増えれば、それに対応する装置や制御も追加で必要になります。

さらに、Liverpool大学やA-Labの事例は、一台の万能ロボットだけで実現したものではありません。実験装置、搬送手段、測定機器、分析ソフト、AIなど、複数の専用技術を統合したシステムです。
そのため、同じ仕組みを別の研究所や工場へ導入する場合には、設備や工程の違いに応じた接続や調整が必要になります。技術的に自動化できても、導入のたびに大規模な個別開発が必要であれば、利用できる企業や用途は限られます。

自律実験の先行事例から見えるのは、AIの性能だけで実用化が決まるわけではないということです。複数の装置や工程を一つの循環として安定して動かし、その仕組みを別の現場へ少ない調整で展開できるかが、普及を左右します。
この調整負担を減らす手段として、異なる機器やシステムをつなぐ共通基盤が注目されています

5.共通基盤で変わること、変わらないこと

共通基盤が整備されても、フィジカルAIの導入に必要な作業がすべてなくなるわけではありません。変わるのは、これまで案件ごとに一から作っていた部分のうち、共通化して再利用できる範囲が広がることです。

まず期待されるのが、ロボットや設備をつなぐ負担の軽減です。現在は、機器ごとに異なる操作方法、通信方式、データ形式を確認し、周辺設備や業務システムとの接続を個別に設計する必要があります。
共通基盤によって、ロボットへの指示、稼働情報の取得、センサーデータの受け渡し、業務システムとの連携などを一定の方法で扱えるようになれば、毎回の開発や調整を減らせます。富士通など4社が検討する協調制御基盤も、異なるロボットと業務アプリケーションをつなぎ、現場全体で連携させることを目指しています。※1

もう一つの変化は、一台ずつではなく、工程全体を見ながら機器を制御しやすくなることです。前工程が遅れているのに後工程のロボットだけを速く動かしても、待ち時間が増えるだけです。複数の機器の状態を集約できれば、作業の順序や役割を調整し、現場全体の効率を考えやすくなります。
シミュレーションと組み合わせることで、実機を導入する前に、ロボット同士の干渉や作業時間、設備停止時の影響などを確認できる範囲も広がります。富士通らの構想でも、NVIDIAの技術を使ったロボットの学習や検証、最適化が想定されています。※1

一方で、共通基盤があっても、現場ごとの設計や判断は残ります。
同じロボットを使っても、対象物の形や材質、設備配置、生産量、作業者の動線は異なります。どの順序で作業させるか、どの程度のずれまで許容するか、異常時にどこまで自動復旧させるか、どの段階で人が介入するかは、現場ごとに定めなければなりません。

安全性や品質についても同様です。共通基盤は、接続した機器に何をさせるべきか、どの結果を品質不良と判断すべきかまで自動的に決めてくれるものではありません。導入費用に見合う効果が得られるかという判断も、対象とする作業や運用条件によって変わります。

つまり、共通基盤はフィジカルAIを導入すればすぐ使える「完成品」ではありません。異なる機器をつなぐために毎回ゼロから作る範囲を狭め、現場固有の設計や調整へ時間と費用を振り向けやすくする土台と捉えるのが適切です。

6.今後の注目点

富士通、ファナック、安川電機、川崎重工業による取り組みは現時点では事業化に向けた検討段階です。今後は、構想の大きさやロボットの性能だけでなく実際の導入負担をどこまで減らせるかを見る必要があります。※1

異なる機器をつなぎ、個別開発を減らせるか

まず注目したいのは、対応できる機器やシステムの範囲です。

現場には、各社のロボットだけでなく、カメラ、センサー、工作機械、測定装置、搬送設備、既存の業務システムがあります。導入から年数が経過した設備が混在する工場も少なくありません。最新のロボット同士を接続できるだけでは利用できる現場は限られます。異なるメーカーの機器や既存設備をどこまで取り込み、接続のための追加開発や設定を減らせるかが重要です。
評価する際には、対応機器の数だけでなく導入期間や調整工数がどれだけ減ったか、一つの現場で作った仕組みを別の工程や拠点へ展開できたかを見る必要があります。

実証実験から継続運用へ進めるか

短期間の実証実験で動かせることと実際の業務で長期間使い続けられることは同じではありません。
継続運用では、設備の故障や経年劣化、作業内容の変更、AIモデルやソフトウェアの更新、ロボットやセンサーの交換などが起こります。こうした変更のたびに大規模な再調整が必要であれば、導入後の負担は軽くなりません。

今後公表される事例では処理速度や精度だけでなく、稼働期間、停止の頻度、保守費用、設備変更への対応などにも注目する必要があります。大規模な個別開発を前提とせず、中小規模の現場でも利用できる価格と運用になるかも普及を左右します。

安全性や責任の分担をどう整理するか

フィジカルAIが現実の機械を動かす以上、安全性や責任の所在も重要です。

日本では、産業用ロボットについて、労働安全衛生規則による危険防止措置などが定められています。※6
しかし、個々の機器が安全基準を満たしていても、複数メーカーの機器を組み合わせたシステム全体が安全とは限りません。

AIモデルやソフトウェアの更新によって動作が変わった場合に、安全性をどのように再評価するかという問題もあります。事故が発生した場合に、ロボットメーカー、共通基盤の提供者、システム構築事業者、導入企業が、それぞれどこまで責任を負うかも整理が必要です。
海外では、EUのAI法がリスクに応じた規制の枠組みを設けています。※7

技術の進展だけでなく、フィジカルAIを安全に導入するための法制度や安全基準が、今後どのように整備されるかにも注目したいところです。今後見るべきなのは、ロボットの派手な動作やAIモデルの性能だけではありません。異なる設備をつなぐ負担、現場ごとの調整、導入後の運用負担を実際にどこまで減らせたかが、フィジカルAIの実用化を評価する重要な基準になります。

7.まとめ

フィジカルAIは、AIが現場の状況を読み取り、その結果に応じてロボットや設備を動かす技術です。製造、物流、研究など幅広い分野での活用が期待されていますが、AIやロボットを導入するだけで現場全体が自動的に動くようになるわけではありません。

実際の現場では、メーカーや仕様の異なるロボット、センサー、測定機器、搬送装置、業務システムをつなぎ、複数の工程を一つの流れとして動かす必要があります。さらに、位置ずれ、装置停止、測定異常などが起きた場合の対応や、安全性、品質、人が介入する条件まで設計しなければなりません。

富士通など4社が検討する協調制御基盤には、こうした接続や制御を毎回一から作る負担を減らし、別の工程や拠点へ展開しやすくする役割が期待されます。※1

ただし、共通基盤が現場固有の設計をなくすわけではありません。対象物の特性、設備配置、安全基準、品質判断、費用対効果などは、導入する現場ごとに検討する必要があります。

今後、フィジカルAIに関する発表を見る際には、AIモデルの性能やロボットの目新しい動作だけでなく、異なる機器をつなぐ負担、現場での調整工数、継続運用にかかる負担を実際にどこまで減らせたかを見ることが重要です。

フィジカルAIの普及を左右するのは、技術的に動かせるかどうかだけではありません。共通化できる部分と現場固有の部分を切り分け、安全かつ費用に見合う形で運用・横展開できる仕組みを作れるかが、今後の焦点になります。

参考・出典

※1 富士通「富士通が、ファナック、安川電機、川崎重工業の各社と、NVIDIAの技術を取り入れたフィジカルAIの社会実装に向けた事業検討を開始」
富士通など4社による協調制御基盤の事業検討と、製造・物流・ヘルスケアへの展開、NVIDIA技術の活用方針を発表した資料

※2 Liverpool大学「Experiment too big? Hire a mobile robot scientist」
移動型の実験ロボットが既存の実験室内を移動し、8日間で688回の実験を行った研究を紹介する大学公式記事

※3 Nature「A mobile robotic chemist」
Liverpool大学の移動型実験ロボットについて、システムの構成や実験結果を報告した原著論文

※4 Nature「An autonomous laboratory for the accelerated synthesis of inorganic materials」
ロボット、材料データ、文献情報、機械学習などを統合した自律実験システム「A-Lab」を報告した原著論文

※5 NVIDIA「Isaac Sim」
ロボットの設計、学習、試験などを仮想空間で行う、物理シミュレーション環境の公式説明

※6 e-Gov法令検索「労働安全衛生規則」
産業用ロボットの運転や作業に関する危険防止措置などを定めた国内法令

※7 EUR-Lex「Regulation (EU) 2024/1689(EU AI Act)」
AIをリスクに応じて規制し、高リスクAIに対する要求事項などを定めたEUの法令原文

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